チョコ禁止で守れるものは何か 本当の経済的・心理的負担から目を逸らすな

負担の本丸は甘い菓子ではない 沈黙を強いられる恐怖だ

経済的・心理的負担という言葉の空洞

何が本当の負担なのか

「経済的・心理的負担を防ぐためにチョコを禁止する」。その一文だけを読めば、配慮のようにも見える。しかし、職場で本当に社員を追い詰めているものは何か。そこに目を向けなければ、この言葉は空虚だ。

みんなの前で膝の上に座るよう強要され、後ろから抱きつかれ、身体を触られる。拒否できない空気、凍りつく時間、笑ってやり過ごすしかない状況。あの瞬間の恐怖と屈辱こそ、心理的負担の核心ではないのか。翌日も同じ空間で働かなければならない現実こそ、経済的な逃げ場のなさではないのか。

優先順位の逆転

菓子の受け渡しを禁止することが悪いのではない。だが、重大なハラスメントや組織的な沈黙が放置されたまま、形式的な規制だけが先行するなら、それは本質からの逃避に見える。

本当の負担とは、声を上げれば不利益を受けるのではないかという不安だ。証拠があっても無視されるのではないかという絶望だ。そこに向き合わずに「快適な職場環境」を語るなら、その言葉は社員の心に届かない。